『樋口製材の材がどう家づくりに活かされているのか知りたくて・・・』のシリーズその2。
今回は韮崎市にある地場の工務店『八巻工務店』さんの古民家再生の現場へ。場所は山梨県内。築120年の古民家を再生している最中で、完成予定は12月(伺ったのは11月中旬)。
お話をお聞きしたのは八巻さん。
生活を考え、床を低く
昔の家は差鴨居が低いのが一般的。床(敷居)から差鴨居までの高さはだいたい170〜175cmくらい。昔の人はこれでよかったが、今の人は平均身長が伸びたので少し窮屈。
【差鴨居】・・・ 伝統構法で柱と柱の間に渡す構造材のこと。強度を増すため縦幅があるのが特徴的。松やケヤキが使われる。
この差鴨居は構造材であるため取り払うことはできないが、八巻さんは逆に床の高さを低くすることでこの問題を解決。『床の方を低くして、誰が通っても頭が差鴨居に当たらない高さに変えた』とのこと。
床下の高さが狭まる分、床下にはコンクリートを全面に打って湿気が上がらないようにし、床から差鴨居まで2メートル以上の高さを確保した。
もともとある材を活かす
120年前に建てられたこの家に使われている材は、今となってはもう手に入らないものばかり。
施主さんが検討した建築会社の中には建て替えを進めるところもあったそうだが(もっともそれは以前より続いている潮流でもあるわけだが)、八巻さんはあくまで古民家再生を提案した。
「この家は材がすごくよくてね、差鴨居がケヤキだよ?普通は松なのに。柱や梁にも太くていい木が使われててね、昔の職人さんもすごくいい仕事をしてるし。ね、ぶちゃっちゃもったいねーら、ほうずら?」
…八巻さん、、コテコテの甲州弁♪
再生の方針としては、今ある構造材はそのままにして、床の高さや間取りを変え、ペアガラスや断熱材で家の断熱性や気密性を強化し、その過程で撤去した古材は家の別の場所で再利用する、ということ。
たとえば下の写真。もともとは化粧で使われていたケヤキの背板を2枚組み合わせ、床の間の床板として生まれ変わらせた。たしかに製材し立ての材ではなかなか出せないツヤと経年変化による深い色みがあって存在感がある。1枚を中央に配置するかたちで、もう1枚は半分に切って両サイドに配置。板と板の接続は黄金色のレジン。
レジン部分に木との接合部分から内側にかけてグラデーションが見られ、ケヤキの板との調和を演出されている。
「ぜんぶ捨てちもうじゃあもったいないじゃんね。外した木を使ってあげるっていうね、思い出になるじゃん」と八巻さん。
材に詳しい職人さんが自主的・自律的に古材を活かしてくれるのは、古民家に価値を感じる人にとっては価値高いことだろう。
「コテコテの和風にしてもつまらない」ということで、階段の骨組みや手すりは木造ではなく鉄の造作。同じ色に塗装されていることもあり、周囲の古材に溶け込む。
真壁。しっかり通りをとるため壁をふかした
今回の再生では大壁にはせず、真壁で古材の柱を見せつつ、しっかり通りを出した。
『通りを出す』とは、異なる場所の真壁でも壁面の位置を横から見て一直線に揃っている、という意味。古民家の壁は通っていないのが普通で、場所によって壁が奥まっていたり手前になっていたりする。真壁だとそうなるのが一般的だが、真壁で通りを出すことで空間に統一性が生まれる。
そのために必要なのは、壁をふかすこと(厚くすること)だった。たしかに、壁はかなり厚い。窓枠を見れば分かる。壁の中には断熱材が施工されたから、古民家でも居住性が高まることになる。
出し桁のある古民家
『出し桁」』とは、屋外に出る梁や腕木の端にさらに桁を乗せること。出し桁により軒先を長くできるメリットがある。実用面だけでなく、装飾の意味合いもあるため、寺社仏閣の建築物でよく見られる。民家で出し桁があるのは珍しいという。
筆者:「出し桁のある古民家はこの地域には多いんですか?」
八巻さん:「いや、この家は特別だね」
ペアガラスを導入
筆者:「LIXILのサッシは施主さんの要望ですか?」
八巻さん:「いや。サッシはLIXILはかまちが細くてガラス面が多いから。だからおれは窓はLIXILにしてる」
サッシ部分が目立たないことで、家のデザインを邪魔しない、ということか。
ネズミサシという木材
「これはクリですね」と私が言うと、「よく分かるじゃん。大したもんだ」と八巻さんが褒めてくれる(^^)
こちら(下の写真)もクリのようだが、何か違うようだ。
「これもクリですか?」「いや、これはネズミサシ」「ネズミサシ?」
はじめて聞く樹種に私は少し興奮気味。
調べると、ネズミサシという木材が昔は家によく使われていたという。今は少なくなり、クリとともにほとんど使われることがなくなった(クリよりも珍しいのだという)。材の特徴としては、クリより柔らかく、油分が多く、『120年経ってもカンナを引けば油のノリがいい』(八巻さん談)という。そして狂い、よれがほとんどない。
「ここで使ってあるのは、クリ、ネズミサシ、ケヤキ、マツ。どれもいい材が使ってある。ここの差鴨居なんてケヤキだよ。こんなに長くとばしてるからね」
長年いっしょに現場をやっている大工さんと一服。交わす言葉は冗談ばかりで、いかにも呼吸があっている。
2階部分。もともとこの梁の部分は天井裏に隠れていたが、材に迫力があったため見せることにした。見つめていると不思議な気持ちになる。穏やかな竜のよう。
ケヤキの差鴨居。120年たっても、柱と差鴨居のつなぎ目にほとんど狂いのないことは「すごいこと」という。
このように見てくると、古民家を直すには一般的な大工技術に加え、『材や構造材の知識』、『実際の現場経験』が必要だと改めて思う。古民家にまつわる技は法令で保護されているわけでもなければ、民間会社が収益的に循環できているものでもない。一部の工務店や協会を除けば、先人の技は失われつつあり、それは山梨に限らず全国同じ状況という。
ただでさえ将来を担う大工さんが減少している中、古民家再生を行える大工さんはとりわけ貴重な存在だ。その土地に古民家が残ってなければ、そもそも実地ができないわけだから、土地が職人を育てていると言うこともできる。
実際、八巻さんはこの土地で長年やってきた親方の下で習い、韮崎や北杜など今も古民家が残る峡北地域を中心に実地を積んできたわけだ。
八巻さん、施主様、ご協力ありがとうございました。
文 小田和賢一